南富良野町

「何もないけど、何でもある」。落合の川のそばで、それぞれのお仕事に打ち込むご夫婦のお話

土屋 夕子さん(癒しの手pono pono)     土屋 亜紀さん(Fortune Bagels)

 

移住をして自分らしい働き方を実現したい――そう考えている方へ。

南富良野町・落合で暮らし、お二人それぞれのご商売を営むご夫婦をご紹介します。人気ベーグル店「フォーチュンベーグルズ」を営む夫の亜紀さんと、同店舗の一角で心と体を癒すリラクゼーションサロン「ポノポノ」を営む妻の夕子さんの土屋さんご夫妻です。埼玉県出身の亜紀さんと、横浜出身の夕子さん。2人はそれぞれ別の場所からこの町にたどり着き、出会い、夫婦になりました。それぞれのご商売を営むに至ったお二人のこれまでの道のりには地方での起業や生活に役立つヒントがたくさん詰まっていると思います。

 

修学旅行の景色がすべての始まりだった

 

――まずは、亜紀さんが南富良野・落合へ移住し、お店を開くまでの経緯を教えてください。

 

亜紀さん: 出身は埼玉県です。高校の修学旅行で初めて北海道に来た時、バスの窓からずっと見える雄大な自然に心底癒されて衝撃を受けました。「絶対に北海道に住む」とその時に決意し、専門学校で製パンを学んで、就職先を選ぶときは迷わず札幌のパン屋さんにしました。

それからパン屋を辞めて札幌でトラックに乗ったりしていた時期があったんですが、その時に「どんころ野外学校(※)」をやっている親戚から「こっちに来れば」と声をかけられ、29歳の時に落合に来ました。

 

※どんころ野外学校:南富良野町落合に拠点をおくNPO法人。大自然をフィールドに四季折々の多彩なアウトドア体験や環境教育プログラムを提供している

 

――そこでパン屋さんを始めたのですか?

 

亜紀さん: いいえ。最初は「どんころ野外学校」のスタッフとして働きました。雑用や送迎のバス運転手などをしつつ、「みんなのパンを焼く係」みたいな感じでパンを焼かせてもらっていました。 ただ、当時の環境は凄まじくて(笑)。パンを焼くオーブンなんてないんです。小さなガスボンベを買ってきて家庭用オーブンに自分でつなぎ、水は湧き水を汲みに行っていました。

 でも、どんころにいる人たちって、自分でログハウスを建てるような「なければ自分で作る」を体現している人たちばかりなんです。カルチャーショックでしたが、そんな環境に揉まれるうちに、「立派な設備がなくても小屋が1つあればパン屋はできるんだ」と思えるようになりました。

 

 

――そこから本格的にお店をやろうと思った決め手は何でしたか?

 

亜紀さん: 「どんころ野外学校」の中でパンを焼いているうちに、トマムや北落合の方からもお客さんがパンを買いに来てくれるようになったんです。自分のパンを外からわざわざ買いに来ていただくということが自信になって「この落合という場所でもお店をやっていけるかもしれない」と思えるようになったことが大きかったですね。

 

 

 

 

なぜベーグルだったのか

 

―― パン屋で働き、どんころ野外学校でもパンを焼いていた亜紀さんが、なぜベーグルを選んだんですか?

 

亜紀さん:1人でお店をやることと、設備投資にそんなにお金をかけられないという条件を考えたときに、ベーグルが合っていたんです。普通のパン屋さんは発酵機など高価な設備投資が必要ですし、発酵のタイミングに合わせて一度に大量のパンを焼かなければなりません。1人で回すには限界があるんです。 ベーグルの生地は冷蔵庫で保管できるので、必要な分だけ取り出して茹でて焼く事が出来ます。自分のペースでできるんです。ベーグルが元々好きだったからとか、そういうことではまったくなくて。初期費用を抑えて1人で自営していくにはベーグルが合っていたんです。

 

――おいしいと評判のベーグルですが、作り方のこだわりはありますか?

 

亜紀さん: 北海道産の小麦粉と。酵母はイーストではなく「白神こだま酵母」という天然酵母を使っています。あとは水ですね。落合の水がすごく美味しいので。基本のプレーンの生地には粉と白神こだま酵母と、落合の水、あとは塩と砂糖しか使っていません。

低温で長時間かけてじっくり発酵させることにより小麦の甘味が引き出されます。普通のパンにある2次発酵はなく、その代わりにケトリング(茹でる)という工程があり、それによって、むっちりとした食感が生まれます。だから中身がぎっしり詰まっていて、パサパサとかスカスカした感じにはなりません。

 

 

 

――ベーグル作りをしていて、嬉しい瞬間はどんな時ですか?

 

亜紀さん:お客さんに「ベーグルは特に好きでもなかったけど、ここのは美味しい」と言ってもらえることですね。

 

夕子さん:長く通ってくださった、あるお客さんのお話なんですが。その方が亡くなられた後、ご家族がいらして、『亡くなる直前まで喜んで食べていたんです』と話してくれたことがありました。固形のものは食べられなくなっていて、水に浸して柔らかくしたものを食べていたそうなんです。その話を聞いて、たまらない気持ちになりました。

 

リゾートバイトから始まった、夕子さんの富良野との出会い

 

――夕子さんはどのような経緯で移住されたのですか?

 

夕子さん: 私は横浜出身で、リゾートバイトで『北の国から』の舞台になった「麓郷の森」で働いたのがきっかけです。リゾートバイトに何度か来るうちに、こちらに友人ができて、「横浜ではこういう人にはなかなか出会わないな」と思えるような人たちに出会って、「私もここにいたら何かできるかもしれない」と思わせてもらえたんです。それで、自分の車に家財道具一式を詰め込んで、引っ越してきました。

 

――お二人はどのようにして出会ったのですか?

 

夕子さん:私の 友人のカフェが富良野でオープンした日に、私はお祝いでそこに行っていまして、亜紀さんはその店の工事をした人がこの店(フォーチュンベーグルズ)を作った同じ人だったので、その人と一緒に見に来ていて。そこで知り合ったんです。ちょうどお互い自分のお店を準備しているところでした。

 

―― 結婚を決めたきっかけは?

 

夕子さん:付き合って2年ぐらい経った頃、東日本大震災がありました。戸籍上他人だと何かあった時に何も出来なかったりしますよね。それで「ちゃんと家族になっておこう」と思いまして、震災の後に結婚を決めました。2011年のことです。

ただ、お互いに自分の店を立ち上げたばかりだったので、結婚後もそのまま8年間は富良野と落合で別居生活(遠距離結婚)を続けていました。

 

落合での同居、コロナ禍で見つめ直した「私のやるべきこと」

 

――その後、夕子さんも落合へ来られたのですね。

 

夕子さん: 2017年の4月からです。前の年に水害があった、その次の年でした。それからは、私もお店を手伝うようになりました。

 

―― 夕子さんが自分自身の事業を始めようと思ったきっかけは?

 

夕子さん:コロナの時、お店ができない期間があったんです。それが自分のやりたいことをもう一度見直すきっかけになりました。私に「亜紀さんの店を手伝っているだけの立場」という意識があって。亜紀さんは「2人の店だよ」と言ってくれるんですが、「ここは亜紀さんが頑張って作った店」という気持ちがどこかにあって。それで、自分のやるべきことを、ずっとどこかで考えていました。

 

 

―― 最初に取り組んだのはマッサージだったそうですね。

 

夕子さん:マッサージに興味があって、コロナの間、教材を取り寄せて独学で資格を取りました。でも実技をビデオで学ぶものだったので、資格はあっても実際にやっていないから合っているかわからない状態で。やはり実技面での経験が必要だと思ったんです。

 

ハワイでの1か月と、生まれた自信

 

―― それでハワイに行かれたんですね。

 

夕子さん:はい。私はずっとフラダンスをやっていて、ハワイには何度も行っていました。あるときハワイのマッサージ「ロミロミ」を受けたのですが、それが素晴らしくて忘れられなかったんです。日本人向けにロミロミを教えてくれる学校を見つけて4週間の実技講習に通いました。ロミロミはオイルを使って面で圧をかけていくので、ピンポイントで押す指圧とは全然感覚が違います。痛みがなく、本当にリラックスできるマッサージなんです。

 

―― 帰国後、お店を始めることにしたんですね。

 

夕子さん:ハワイで教えてもらったという自信がちゃんと自分の中にできたのでオープンすることにしました。フォーチュンベーグルズの建物の一角で、ハワイで学んだリラクゼーションを始めたんです。

 

 

「フォーチュンベーグルズ」の建物の一角にある施術室

 

地域への「恩返し」と、広がるコミュニティの輪

 

――夕子さんは、民間のコミュニティスペース「りたのいえ」の運営にも深く関わっていらっしゃいますね。

 

夕子さん: はい。最初はクラウドファンディングの返礼品でベーグルを出してほしい、という話をいただいたのがきっかけでした。亜紀さんに来た話だったのですが、私の方が興味を持ってしまって。ちょうど自分自身、落合という場所をもっと盛り上げたいと思っていた時期だったのもあって、仲間に入れていただきました。 自分のお店を立ち上げた経験を買っていただき、今はイベント等の方向性を決める「運営ディレクションメンバー」として楽しく活動しています。

 

―― この活動について、どう感じていますか?

 

夕子さん:もうとにかく、楽しいの一言なんです。

りたのいえでのノウハウを自分なりに生かして、先日「落合のんびり市」というイベントをやりました。もともと、りたのいえを始めたのは 落合を盛り上げるためにそこでの経験が活かせたら良いなという思いからでして。チラシ作りから出店者さんとの打合せ、タイムスケジュール作りまで、りたのいえのイベント企画で経験させてもらったことが生きたと思います。

 

  

「落合のんびり市」の様子

 

――「落合のんびり市」はいかがでしたか?

 

夕子さん:平日開催だったにもかかわらず、それなりにお客さんに来ていただけました。何より、出店してくださった方々が喜んでくれたことが一番嬉しかったです。「またやって欲しい」と言ってくれる方もいて、出店した人がまた出たいと思ってもらえるのが、運営側として一番嬉しいことなんです。この地域の方々に支えられてお店が成り立っているので、こうした活動は恩返しのつもりでやっていきたいです。

 

落合の人が持つ、心地よい距離感

 

――最後に、お二人が感じる落合の魅力や、落合での休日の過ごし方を教えてください。

 

亜紀さん: 落合の魅力はなんと言っても「人」と、その「心地よい距離感」です。 仲がいいので何かあると声をかけてくれるんですが、余計なことは言わない。悪い噂も聞かないし、変な詮索もされない。移住者に対してもすごく優しくて、距離感がとても心地いいんです。

 

 

夕子さん:冬は玄関先でスキーを履いて、そのまま森に歩いて入っていける。こんな素晴らしい立地は他にありません。休みの日は家の裏のウッドデッキで過ごしたり、すぐ横を流れる空知川を見たりしています。空知川を「うちの川」と呼べる距離に住んでいることは、なかなかない幸せだと感じています。

 

 

 

南富良野には「何もない」と言う人もいますが、この庭の景色や川のせせらぎを見ているだけで癒されます。人間が生きていくのに必要なものはすべて揃っている。「何もないけど、何でもあるじゃん!」と、私たちは心からそう思っています。

 

【編集後記】 立派な設備がなくても、工夫次第でビジネスは始められる。そして、自分のライフスタイルを優先しつつ、地域コミュニティと適切な距離感で関わり、還元していく。土屋さんご夫婦の足跡には、地方起業を志す人にとって参考になるお話が詰まっていると思います。まずは一度、落合の美味しい水で作られたみっちりつまったベーグルを味わい、この町の風を感じに訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

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